明治期の低湿地データ:電子国土web〈9881〉

土地の購入や、基礎の設計に役立ちそうな、ウェブサイトをご紹介します。国土地理院の「明治期の低湿地データ」です。土地の購入や基礎の設計に、とても役立ちそうです。我が家を調べてみると、明治期までは川岸の田んぼでした。

明治期の低湿地データ:電子国土web

我が家の一帯の住宅地は、入間川の河川敷にあたります。早速、我が家を調べてみます。「黄色」で塗りつぶされていました(2017.10.17)


「明治期の低湿地データ」は、明治期に作成された地図から、当時の低湿地の分布を抽出したものです。ここで言う「低湿地」は、河川や湿地、水田・葦の群生地など「土地の液状化」との関連が深いと考えられる区域です。

明治期の低湿地データについて


「明治期の低湿地データ」の閲覧(地理院地図)

調べたいところをクリックして、拡大していきます。

地図に、「明治期の低湿地」のデータを表示させます。

・画面左側にある、「情報」のタブをクリック。

・上端の「全て」のタブをクリック。

・6段目の「明治期の低湿地」をクリック。

すると、地図上に、黄色や緑色に、色が付きます。

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早速、我が家を調べてみます。「黄色」で塗りつぶされていました。

我が家の一帯の住宅地は、入間川の河川敷にあたります。

色の凡例はこちらで確認します。

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この周辺は、明治期は「水田」だったことがわかりました。

明治までは、川岸の田んぼだった所が、昭和になり住宅地となりました。

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川の位置は、時代ごとにずれていくのでしょうが、

川と人との関わりもまた、形を変わっていきました。

江戸時代には、隣りの飯能市から、丸太をイカダに組んで、

この入間川を下って、江戸まで運んでいたそうです。