流し台の足元に置かれた、高さ20cmの踏み台
〈9768〉
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45年以上も前の、私が幼稚園に通っていた頃の、昭和40年代の昔話にお付き合いください。『レシートが1枚ないの... 』。ある日、向かいのおばさんの家に上がり込むと、おばさんはレシートを探していました。今思うと家計簿を書いていたのでしょう、レシートを1枚なくしてしまったようです。「わかった!」と私は言い残し、向かいの自分の家へと走りました。
私を自分の子のように叱り、自分の子のように愛してくれました。おばさんは小柄で、何やら病名のついた障害を持っていました。重たいものを持つのが苦手で、買い物帰りのおばさんを見かけると、私は荷物を代わりに持ちました。私の財布には、この『銀河鉄道の父』のレシートがありました(2018.02.07)
2018.02.07
家に戻った私は、どこかにあったレシートを1枚見つけ、
おばさんに手渡すと、少し困ったような顔をしながらも、
『ありがとうね... 』。私の記憶は、ここでお終いです。
この思い出の前後の記憶は、全くないのですが、
少しだけ外が、肌寒かったことを覚えているので、
暖かな冬の、とある静かな午後のことなのでしょう。
おばさんの家の台所、その流し台の足元には、踏み台が置かれていました。
幅80cm、奥行き40cm、高さは20cm程で、おじさん手作りのものでした。
その流し台の高さは、おばさんにとっては高かったようです。
当時の流し台は、「流し台のカタログから選ぶもの」でしかなく、
その既製品の流し台を、おばさんは工夫して使っていたのです。
そんな光景を、私は当たり前にように眺めるだけでした。
私は大工を父と持ちながら、父の大工工事で、
より良い流し台を作ることができるのでは、と発想すらできませんでした。
その頃から私は、父の書く設計図を眺めるのが好きでした。
ですが、その設計図は、プラモデルの組み立て図のようで、
いわば、「作りてのための図面」でしかありませんでした。
そもそも、図面を書くという仕事があるとは知りませんでした。
一人一人に合わせた、住みやすい住宅を作るための、
いわば、「住まいてさんのための図面」を描ききれば、
このおばさんにとって、より住まいやすい住まいを、
建てることができるとは、思いもよりませんでした。
色即是空(しきそくぜくう)。仏教にこんな言葉があります。
仏教に、『色即是空 空即是色』という言葉があります。
「色(しき)」を簡単にいうと、目に見えるものです。「空(くう)」とは見えないものです。
言い換えると『見えるものは即ち、見えない。見えないものは即ち見える』ということです。
さらに言い換えると『有るけれど無い。無いけれど有る』ということです。
「心」は皆さん持っておられると思いますが、見せてほしいといわれると見せることが出来ない。
即ち無いのです。しかし、心が無いかと聞かれると、有ります。
現代社会では、見えないもの即ち無いと考えがちですが、見えないものから見えるものが生まれています。
ですから、見えないものを大切にしなければ決して良いものは生まれてきません。
また、見えるものから見えない物を感じることで、その物の大切さを忘れてはいけないのです。
一軒の家を建てるということは、今もって目の前の大きな山のようですが、
その山の頂きにある「見えない心」を、
いかに図面や模型で、何よりも現場で直接職人たちに伝え、
それを、「見ることのできる住宅」という形にすること。
「見えない心」を、「見ることのできる住宅」に置き換える、
一連の手続きこそ、私の仕事です。
そんな日々の試みは、この思い出から始まったようです。
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大瀧雅寛 (おおたきまさひろ)
有限会社 大滝建築事務所 代表
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