吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること〈9726〉

『色即是空・空即是色』とは、「有るけれど無い。無いけれど有る」ということらしいのですが、私はこの意味が、わかったようでわからず、わからないのですが、わかったような気もするのです。この『色即是空・空即是色』という言葉が、私に指し示そうとしているのは、「見えないものは、無いということではなく、大切なものは、見えないもの中にこそある」ということです。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

通学路の交差点に建つ、3階建ての住まい。このお住まいでもっとも大切な空間は、この何もない吹き抜けです。3階建ての木造住宅で吹き抜けをつくるためには、構造的な工夫が必要でした(2018.03.21)


見えないものといえば、例えば「時間」です。

時間そのものを、見ることはできませんが、

『時計』という発明は、見えない時間を、見えるようにしてくれました。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

正面に見えるのは、3階の廊下の腰壁です。

腰壁の奥が明るく見えるのは、バルコニーへのドアがあるからです。

そのドアは南西に面していて、どんなときでも明るいです。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

2階から3階への階段の途中にある踊り場には、高めの窓があって、

遠くの景色を望める窓は北東に面して、時間や季節に敏感です。

ふたつの窓からの採光の組み合わせは、時間とともに、

季節とともに変化し、吹き抜けの表情を、豊かにしてくれます。

この吹き抜けも時計のように、見えない時間を見えるようにしてくれます。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

話は変わりますが、住まいの設計で、私が大切にしていることがあります。

それは、住まいの中の「出来事」や「現象」を設計するということです。

単に、住まいそのものを設計しているだけではない、ということです。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

私の、この吹き抜けでの企みは、「見えない時間」を、

「見えるようにする」だけ、ではありません。

住まい、家族みんなのための住まい。

そして、最近では見えにくくなってしまった、家族のつながり。

そんな「家族のつながり」を、見えるようにはできないのか。

時計が、時間を見えるようにしてくれたように。

吹き抜けでの企みは、見えないものを見えるようにすること

「見えない心」を、「見ることのできる住宅」に置き換える、

その一連の手続きこそ、私の仕事であり、私の探求です。

このような探求は、建築と言う分野でしかできないことだからです。


まとまっていない記事ですが、吹き抜けそのものに意味があるではなく、

この吹き抜けで体験できることに、意味があると言いたかったのです。

今、この吹き抜けのクロス貼りに難儀しています。クロスを貼り終える頃、

私も考えを整理し、続編を書いてみたいです。