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大瀧雅寛 ↘

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

〈9710〉

今思うと幼稚園は、幼かった私が初めて触れた「世界」でした。幼稚園の設計を依頼されたとき、私がしたことは、おおよそ建築家とは程遠いことでした。まずは、自分が通っていた幼稚園に行ってみること。そして、本棚にあった『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』を、読み返すことでした。

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

この幼稚園は、縁側の様なデッキが園舎の前に広がっています。先に登園した子どもたちが、次々と登園してくる子どもたちを出迎えます。未来の駅は、きっとこんな感じなのでしょう(2018.04.06)

2018.04.06

昭和40年代。私は、この路地の先にある、幼稚園に通っていました。この路地は、当時も、つたの這うブロック塀に囲われていました。

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

幼稚園に「世界」として入園する

「家」にしかいなかった私の、初めての「世界」が、幼稚園なのでした。

人間、どう生きるか、どのようにふるまい、

どんな気持で日々を送ればいいか、

本当に知っていなくてはならないことを、

わたしは全部残らず幼稚園で教わった。

人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、

日曜学校の砂場に埋まっていたのである。

ロバート・フルガム『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』河出書房新社 1990

第1章には「わたしの生活信条」が、書かれています。

• 何でもみんなで分け合うこと

• ずるをしないこと

• 誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと

• 不思議だなと思う気持ちを大切にすること

そして、釣り合いのとれた生活をすること。

毎日少し勉強し、少し考え、少し絵を描き、

歌い、踊り、遊び、そして少し働くこと...。

これらのことは、「幼稚園」での約束であり、「世界」の約束です。

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

幼稚園を「駅」として卒園する

幼稚園は小学校や中学校とは違い、当時の友だちとは今に至るまでの、付き合いはなく、友だちの名前、顔を思い出せません。2年間一緒に過ごしてきたのに、「行き先」はみな、違ったのですね。

たまたま幼稚園という、同じ「駅」に居合わせていたのです。卒園し、オトナになると、幼稚園は「駅」だったことに気がつくのです。

幼稚園には「世界」として入園し、「駅」として卒園する

「各駅停車に乗るひと」もいれば、「特急に乗るひと」もいる。オトナになってしばらくすると、そんなことが気になってきます。

どうやら私は、「各駅停車」に乗車しているようです。時として、「特急に乗るひと」を羨ましく思うことがありますが、「各駅停車」だからこそ、停車駅でたくさんの人たちと出会えました。

たくさんの人たちからの、「学び」がありました。


「幼稚園」で学んだ約束を、しっかりと守っているのなら、行き先はどこでもいいって、思えるようになりました。「子ども」の延長線上にいるのなら、行き先はどこでもいいって、思えるようになりました。

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