世界がぜんたい幸福に(2)手のひらの苺〈9681〉

打ち合わせが終わるのを見計らい、その子どもさんは、ママと私を庭の花壇へと誘うのでした。花壇まで行ってみると、打ち合わせで話題になった、小さな苺たちでした。『どうぞ』と言われ、ひとついただきました。 庭の花壇へと、私を急がせたのは、この苺を私にご馳走するためだったのですね。さっきは簡単に「植え替えればいい」って言っちゃって、ごめんなさい。

世界がぜんたい幸福に(2)手のひらの苺

甘くてすっぱくて、美味しかったです。ありがとう。あなたの大好きな苺、大切にしますからね(2018.05.09)


あなたにとってかけがえのないものは、私にとってもかけがえのないもの。

賢治の『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない』という1文が、私は大好きなんです。

近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

『農民芸術概論綱要』宮沢賢治

世界がぜんたい幸福に(2)手のひらの苺

「世界がぜんたい幸福」って何だろう... 。

賢治に詳しい友人、当麻さんに訊ねると、こんなふうに例えてくれました。

例えば10人のグループで、『みんなで幸せになろう!』とする計画を立てたとしよう。その後、自分は幸せになっても、10人のうち9人しか幸せになれなければ、計画は90%しか成功しなかったのだ。自分が幸せとは言えない

当麻 喜明

世界がぜんたい幸福に(2)手のひらの苺

なるほどと思う私の心に、『運命共同体』という言葉が浮かんできました。

住まい、家族、運命共同体。私の中では、ひとつの意味になっています。

家族全員が幸せになれるような「住まい」を造らせてもらいたいのです。

世界がぜんたい幸福に(2)手のひらの苺

家族ひとりだけが、幸せだったり、悲しかったりするのではなくて、

それらを、家族全員で共有できるようにしたいのです。

あなたにとって大切なものなら、私たちは全力でそれを守ろう。

その代わりに、私が悲しいときには、それを少しだけ背負ってほしい。


最近の私は「住まいづくり」は、建築工学ではないように思えて、

また、そうである必要もないように思うのです。けれども、

住まいてさんの役に立てるような住まいを、造らせてもらいたいのです。