MacBook Airと、MacBook Paper〈9636〉

パウロ・コエーリョの『星の巡礼』を、いつか娘に読ませたいと思っています。主人公パウロが、自らの剣を、人生の道標を見つけるために、サンチャゴを目指す旅の話です。その出発の前に、師ペトラスから言われたこと、それは『知恵への真の道かどうか見わけること』でした。

MacBook Airと、MacBook Paper

普段持ち歩いている、MacBook Airと、随分昔に娘からプレゼントされた、MacBook Paper(2018.08.15)


MacBook Airと、MacBook Paper

(知恵は)君の人生に、実際に応用できなければならない。

さもなければ、知恵は役立たずとなり、腐ってしまうからだ。

ちょうど、一度も使われていない剣のようにね。

パウロ・コエーリョ『星の巡礼』角川文庫 1998

MacBook Airと、MacBook Paper

それは、誰もがたどることのできる道でなければならない。

今、君が歩いているこのサンチャゴへの道のようにね。

パウロ・コエーリョ『星の巡礼』角川文庫 1998

MacBook Airと、MacBook Paper

本棚の中から、古い写真を思いがけなく見つけたように、

「MacBook Paper」が、見つかりました。開いてみると、

プレゼントされた頃の気持ちが、湧き上がりました。

小さな子を持つ親は、いかに無力かということ、

そして、子どもの成長に同期するように、

親もまた、成長しなくてはならないという気持ちでした。

MacBook Airと、MacBook Paper

また、願いもありました。

周りの人たちを幸せを、自分の幸せと感じられること。

自分が「主役」になるのではなく、「脇役」になって、

周りの人たちを、幸せにできるひとになってほしい... 。

MacBook Airと、MacBook Paper

話題を変えましょう。

『永久の未完成これ完成である』

賢治の文学と生き方が象徴されている、賢治晩年の心情です。

37才で旅立った賢治ですが、賢治に限らず、私たちはみな、

自分の人生を、「途中で終えてしまう」運命を持っています。

MacBook Airと、MacBook Paper

「未完成」という言葉には、マイナスのイメージがありますが、

賢治の生き様を見ていて、実は、違うのだと考え直しました。

MacBook Airと、MacBook Paper

賢治は、「自己犠牲」「いいこと」など、

「ほんとう」を追求し続けましたが、けれども、

自己犠牲やいいこと、そのものよりも、ほんとうが何なのかを、

問い続ける姿勢こそが大切であると、考えていたと思います。

MacBook Airと、MacBook Paper

周りの人たちを幸せを、自分の幸せと感じられること。

実はとても難しいことなのだと、日々実感しています。

『サウイフワタシ』には、なれそうもありませんが、

『そうありたい』と、やり続けているつもりです。

MacBook Airと、MacBook Paper できあがっていないこと、いつまでも未完成なこと、

たとえ、自分が目標に到達できなくても、

信じたことを続けてゆくことが、大切だということを、

娘だけでなく、未来の若者たちとも、共感したいのです。