「読書するためのホテル」は、古き良き住宅だった
〈9632〉
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感情が自分の表現力を上回った時に、私は思い出の中へと入っていくようです。案内された客室の入ると、その『空間の静けさ』と、『空間に満たされているもの』に圧倒されました。そして20代の頃の思い出が、心に浮かぶのでした。関西の建築家を訪ねた時の、その建築家の自邸。森の中に浮かぶ様なリビングで、建築家が語った言葉です。『建築というのは、どんなに大きくても、住宅でなければいけない』。
娘がライブラリから借りてきた1冊は『 流星の絆 』。両親の仇討ちを流れ星に誓う三兄妹、東野圭吾の代表作の一つです。執筆にあたり、『自分ではなく登場人物が書かせた』と、東野圭吾はインタビューで語っていたそうです(2018.08.25)
2018.08.25
『エルボスコ』の客室棟は、野尻湖に突き出す半島に合わせて、細長く「Sの字」に曲がっていて、50の客室があるそうです。今回、私たちの客室は、長い廊下の突き当たりでした。
客室のドアを開けると、数段の階段があり、見下ろす様に、部屋に入っていきます。
美しく、懐かしい空間です。『空間の静けさ』と、『空間に満たされているもの』に、家族一同圧倒されました。
私はすぐに、この空間の秘密を知りたくなりました。
『壁をつくること』ホテル全体がそうだった様に、客室もまた、壁が美しいのです。
「客室」と「パブリックスペース」との違いもありました。煉瓦、H鋼、コンクリートなど「構造材」は、力の流れを感じさせますが、その「構造材」を隠し、住まいの様な心地よさを感じさせていることです。
『神は細部(ディテール)に宿る』
建築家の知性と優しさに、包み込まれます。
壁に埋め込んだ鏡、階段のささら板の6mmのチリ。「ディテール」という言葉を使わなくなっている、自分を恥じました。
床一面に敷き詰められた、紫色のカ一ペット、1窓しかない開口部には、紫色のレースのカーテン。この客室の心地よさは、古き良き住宅のそれと同質ものでした。
私たちは常に「右側」ではなく、「左側」を気にしています。眺望を最優先するため、開口部のアルミ枠は、左端に寄せています。
我が家のこの夏の旅行の終着点は、我が家から200km離れた、野尻湖の湖畔の「森の中」だったのでした。
私は窓際の机に座り込みました。家内と娘は、ベッドの上で読書を始めた様です。
住まいのような、やはり客室であるような、日常と、非日常の絶妙なバランスが、我が家族を、幸せにしてくれました。
『空間の静けさ』と、『空間に満たされたもの』を感じました。美味しかったディナーの後も、この客室で幸せでした。
翌朝、私はいつもの様に、一人早起きをしました。家族が寝静まる中、カーテンを少し開け、早朝の湖を眺めました。この美しい野尻湖を眺めるために、ホテル全体があるのだと実感しました。
映画『スタンド・バイ・ミー』の一場面を、思い浮かべました。主役のゴードンが、早朝、森の中で、一人起きていた時、用心深いシカが、ゴードンに近づいてきた場面です。
この何気ない早朝の森の中の一場面が、その後の彼の人生において、出会うべく苦難に立ち向かうことを支える、大切な思い出となるのでした。
さて、話は冒頭に戻ります。
『建築というのは、どんなに大きくても、住宅でなければいけない』。この言葉の真意を知りたくて、関西の建築家を訪ねたことがありました。20代の頃の私には、そのためだけに時間を使うことができました。
建築家全てが、住宅を設計する訳ではありませんが、私が尊敬している建築家は、住宅を大切にしていました。
「たかが住宅... 」、なのでしょうか。それとも... 。
このテーマも、書き始めると長くなりそうです。いずれ、書きたいと思っています。
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大瀧雅寛 (おおたきまさひろ)
有限会社 大滝建築事務所 代表
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