自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること〈9465〉

令和の始まりの10連休に、ずいぶんと前から頼まれていた、娘の部屋のプチリフォームをしました。カーテンとカーペットを新しくするだけなのですが、なかなかできず、「リフォームしてから友達を招きたい」と、言われていたのでした。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

「オオタキさんの家」は、我が家のご紹介です。階段から廊下、娘の部屋、私の部屋のタイルカーペットを貼り替えました。ほんとうの住まいを考えています( 2019.05.04)


自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

このタイルカーペットの貼り替えは、大工の弟と私とで行いました。

「令和のプチリフォーム」が終わるのを待ちかねていた娘は、

新しくなった部屋に入ってくると、とても嬉しそうでした。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

そんな娘の様子を見ていると、ふと私は、

始めて個室を得た、小学6年の頃を思い出しました。

私が小学6年の頃、狭山市の小さな中古住宅に、引っ越してきました。

曲がり階段を上がっていくと、2階には2部屋あり、

その内の明るい南側の6帖の和室が、私と弟の共同部屋となりました。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

自分の好きなもの飾れたり、自分の机を置くことができる、

その部屋を得たことは嬉しくて、今思い出してもワクワクします。

私たち兄弟がしたことは、部屋中の壁のポスターを貼りでした。

この6帖の和室は、2面の窓、入り口、押入れもあったので、

そもそも壁は少なく、天井にまで貼りだしたのでした。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

その後、部屋に入ってきた母に、せめて天井には貼るなと、

諭されたのですが、今思うと、なるほど、おかしいですね。

ですが私たち兄弟は、なんでそんなことをしたのでしょうか。

「自分の手で触り、仕上げてこそ自分のものとなる」

私たちの与えられた部屋とはいえ、まだその実感を持ち得ない、

そこで私たちは、本能的にそうした行動をした様に思えるのです。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

部屋はあるだけで嬉しいし、この部屋は本当はどうあるべきかとか、

どの様にしたら、もっと子どもたちが嬉しくなれる部屋になるかなど、

考えられませんでした。考えることが許されると思えませんでした。

というのも、大工の父が茶の間で眺めていた設計図を、

父の製図台を使って、私も真似して描くことがあったのですが、

あくまでも設計図は、「家を造るための組み立て説明書」であって、

私たちのささやかな期待や、もう少し嬉しくなれる工夫でさえ、

書き込む余地などない様に思えたからでした。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

当時の私は将来、どんな仕事を選ぶのかなんて考えていなかったし、

そもそも設計するという仕事が、あるなんて知りませんでした。

ですが私はそれから3年後、工業高校建築科に入学し、進学せずに、

設計事務所の門を叩き、わずかな修行の後、事務所を開設したのです。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

その後30年以上も、ずっと住まいづくりの仕事をしてきて、

大切にしていることがあります。それは、

私が始めて、6帖の部屋を手にした時の喜びを忘れないこと。

自分の好きなものを、自分が好きな様に飾れる喜び、

それは、その部屋の住人の特権であって、

設計者の特権ではないということ。

自分の部屋を持てた時の喜びを、忘れずにいること

そして、設計者の役割を忘れないこと。

限られたスペースであっても、

窓や開口部、入り口の位置を丁寧に考えて、

まとまった壁をつくり、心地よい空間に仕上げること。

どんな時でも、その部屋の住人を、やさしく包んであげること。