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大瀧雅寛 ↘

注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

〈9353〉

なごり雪とでもいうのでしょうか。暖冬だったことを忘れさせる、雪の舞う日曜日となりました。けれども冷たさではなく、いろんなものを流れ落としてくれるような優しさを、私は感じたのでした。いつまでも記憶に残るだろう、2020年の桜です。

注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

『イギリス風の身なりで、猟銃を構えた2人の青年紳士が、山奥に狩猟にやってきたが、獲物を一つも得られない。迷った先で一軒のレストラン「山猫軒」を見つけ、入っていくと... 』。この『注文の多い料理店』の『序』で賢治は、創作姿勢と生き方について言及しているのです( 2020.03.29)

2020.03.29

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、

きれいにすきとおった風をたべ、

桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、

いちばんすばらしいびろうどや羅紗(らしゃ)や、

宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

これらのわたくしのおはなしは、

みんな林や野はらや鉄道線路やらで、

虹や月あかりからもらってきたのです。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、

十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、

もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

ほんとうにもう、

どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、

わたくしはそのとおり書いたまでです。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

ですから、これらのなかには、

あなたのためになるところもあるでしょうし、

ただそれっきりのところもあるでしょうが、

わたくしには、そのみわけがよくつきません。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、

そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

9353_注文の多い料理店・序(9)2020年の桜

けれども、わたくしは、

これらのちいさなものがたりの幾(いく)きれかが、

おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、

どんなにねがうかわかりません。

大正十二年十二月二十日 宮沢賢治『注文の多い料理店』序

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